【インプラント症例紹介(60代・女性)】即時過重の上で、審美性を高めるための工夫

今回は60代女性の方の症例をご紹介します。

―この方は上下両方に即時荷重インプラントという、その日のうちに噛めるようになるインプラントをされています。この方の治療について質問させてください。

治療をされたのはもう15年ほど前になります。最初に上額の治療をさせていただきました。この方は、奥はまだ使える歯で、ご自分の歯をどうしても抜きたくないというご要望でした。なんとか頑張って治療して、奥歯を残して、真ん中から前の方にかけてのインプラントをしました。

―この方の手術の時に、先生が気にしたこと、気をつけたこと、考えたことを教えてください。

この方は当時は50代前半で、手術の時はたしか40代だったと思います。仕事も第一線で活躍していらっしゃる、社会的に地位のあるお仕事をなさっている方でした。そういう事情もあって、入れ歯は絶対に嫌、そして、歯がない時間も許されないというご希望でした。歯の形や色にもすごくこだわりがあって、歯科の言葉で言うと審美性の高い治療をお望みの患者さんでした。

この方の場合も、1日で悪い歯を抜歯してインプラントを埋入する手術をして、仮歯をつけるという治療を行いました。その仮歯も、患者さんの満足のいくものを作らなければいけませんでした。私たち歯科医も技工士も、時間的なことも、見た目の審美的なこともすごく配慮して上の歯の治療を進めました。

―上のインプラントは、全部で4本埋入されていますが、3本と1本で少々距離が空いています。なぜこのように埋入したのですか?

この患者さんは、女性で見た目にすごくこだわりのある患者さんでした。見た目のことを考えると、前歯の真ん中のところを避けて埋入する方が良いのです。そうすることによって、技工士さんがより綺麗な形に作りやすいからです。

私たちは右の1番、左の1番などという言い方をしますが、この前歯の部分にわざとインプラントを埋入しないで、技工士さんが上部構造を、つまり歯の部分を、自由度が高く作れるように考えています。

患者さん女性で、審美性のご希望のある方でした。例えばちょっと丸い歯がいいとか、ここの角を少し尖らせてほしいとか、この辺をもう少し小さい歯にしたいとか。実際にインプラントの歯が入ると、余計にこだわりが出てこられる方が、女性は多いです。そういうご希望を後からより調整しやすいように、患者さんのご希望が通りやすいようにするためには、前歯の部分にはあえてインプラントを埋入せず、より奥の方から持ってくる形にした方が、歯をきれいに作りやすい傾向性があるんです。そういう都合を考えて埋入位置を決めています。

―本当は、前歯に埋入した方が手術はラク、などということはあるんですか?

あります。

―見た目と手術の成功とを両立させるために、最適な場所を探して埋入したということですね。その埋入に関しては、長いインプラントが入っているように思います。長いインプラントを埋入する方が難しいのではないですか?

この方は即時荷重インプラントをしないといけない方でした。上の歯をインプラントする段階では、下顎の前歯が4〜5本ぐらいまだ残っていらっしゃって、奥は入れ歯という状態でした。そうなると、どうしても前歯の方で噛む力を発揮します。

即時荷重インプラントの場合は、できるだけ長いインプラントを埋入する方が良いです。そこだけに力がかかってしまうからです。この方も、3〜4ヶ月の間は前歯だけで噛むことになりますから、より長いインプラントを埋入している方が、即時荷重の成功により有利になります。そういうことを考えて、あえて長いインプラントを、条件の良いところを狙って埋入しています。

―それって難しいのではないですか?

はい、より難しくなります。だから患者さんの治療後の腫れが出にくいように、少し骨を作るような、再生のような手術も同時にしています。

―深いインプラントを埋入する時に、熱で悪い作用が起こることがあるから、熱が出ないように配慮するということを以前聞いた覚えがあります。しかし、深ければ深いほどオーバーヒートの可能性は上がります。それを避けるというか、うまくやるコツ、気をつけていることを教えてください。

インプラントを患者さんの顎の骨の中に埋入していく作業をドリリングといいます。この作業で骨の中に小さな穴を開けて、そこに人工の歯根を埋入していくのがインプラント治療です。その穴を開ける時に、できるだけ低速回転のバーを使っています。ゆっくりゆっくりと穴を形成していくことで、熱が出にくいようにしています。そういう配慮は必要だと思います。

―インプラントを埋入する穴を形成する時から考えておく必要があるということですね。
しかも、深いところだと冷やすのが難しいですよね。

そうです。しかしCTで、事前に骨質も把握しています。この治療をした時代には、コンピュータシミュレーションはまだありませんでしたが、CTはありました。ですから、骨の質もある程度想像した上で手術ができています。

この方は上の歯の治療の後、下の数本の歯がグラグラしてきてしまい、下も綺麗に即時インプラントをしたいというご希望をされました。一度上の歯で治療を体験して満足されたので、下の方も、ということでした。

下の方は、抜歯するとどうしても顎の骨が細くなってしまいます。細くなると見た目が悪くなってしまい、ダメージが大きいので、そうならないようなことを考えた即時インプラントをしています。女性は皆さん見た目をご希望されますが、その中でも忙しくて、社会的に地位のある方だったので、より配慮が必要でした。

―この方も、オールオン4ではなくて6本の即時荷重をされていますね。

オールオン4の欠点は、歯肉付きの歯になってしまうことです。さらに、入れ歯を固定している形になりがちです。そうすると、この患者さんのご希望は満たされません。ですからこの方のご希望に合わせて、オールオン4ではない形をとりました。

―そうするとまた手術の難易度は上がるのではないですか?

難易度は上がります。しかし我々が難しい分は、患者さんのご苦労ではないです。治療から15年以上経ってらっしゃいますが、今でも見た目も綺麗な状態でいらっしゃいます。

―この方の埋入しているインプラントを見ると、右下はいろんな方向を向いて、左下は随分斜めになっているように見えますが、あえてこうしているのですか?

そうです。1つは神経を避けるためです。2つ目に、治療の際に数本歯が残っていらっしゃったので、それを抜歯して同時にインプラントを埋入しています。その抜歯したところの穴を避ける目的があります。そのために、このように角度をつけた埋入をしています。

―しかし、それを実現するために、深く、斜めに、狙って埋入するのは難しいのでは?

そうですね。歯医者にとっては、短いインプラントを埋入する方がラクです。解剖学的な危険な部位を避けられますし、短いインプラントの方が埋入もしやすいし、形成もしやすいです。歯医者にとってはラクですが、長い目で見ると問題が起きるのではないかと思うんです。

患者さんは生きていらっしゃいます。もしかしたらこの先病気になられて長期入院して、2年間ぐらい病院に入院して、半身不随みたいになってしまうかもしれません。実際にそういう方も、過去にはいらっしゃいます。そういう方はやはり、清掃性がどうしても悪くなってきます。そうすると、短いインプラントでは問題が起こらないとは言い切れないです。

私は、やはり患者さんのことを考えると、こちらの手術のレベルが難しくなったとしても、より良いようにしてあげたいです。建物建築で考えてもそうですけど、短い柱と長い柱を比べたら、当然長い柱がより有利ですよね。極端に長いものである必要はありませんが、最低10ミリぐらいの長さのインプラントは使ってあげたいと思います。

世の中では、5ミリとかのショートインプラントというものもありますが、そういうものは果たして将来ずっと安心なのか?と考えます。10年後・20年後は、まだ証明され切れていない部分もあるわけですから。ショートインプラントは、私が思う最低限の長さの半分です。それはちょっと怖いですし、嫌です。

手術する側が難しくなってでも、より安心な形に治療してあげたい。それは私が苦労すればいいだけの話です。患者さんが苦労を背負う必要はないと思います。

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