【インプラント症例紹介(50代・女性)】手術後15年経って骨が増えている(骨転化の事例)

今回は50代女性の方の症例をご紹介します。
今から14年前(2008年)頃に当院にお見えになった患者さんです。

この患者さんは、奥歯の方が歯槽膿漏になり、他の病院で抜かないといけないと言われたことで当院にお見えになりました。グラグラして噛めないということもおっしゃっていました。上の歯は、まだきれいな歯ばかりでしたが、下の歯が悪い状態でした。入れ歯を一度左下に使ってみたそうですが、入れ歯の留め金がかかって、留め金がかかった歯がダメになってしまうということを繰り返していたそうです。その経験から、入れ歯ではなくインプラントを検討されました。お見えになったときには「下の歯ばかりダメになっていくから悲しいです」とおっしゃっていました。入れ歯が入っている下の歯が、また入れ歯のせいで悪くなってしまう、せっかく上はきれいに残っているのに、と嘆いていらっしゃった患者さんです。

-この方も治療後14年経っていますがすごく良い状態です。右の2本のインプラントは、一見普通に埋入されているように見えますが、絶妙な埋入位置だと思います。位置を決めるのにも、いろいろなことを考えているのではないですか?

もちろん、力学的なことが一番最優先です。女性の方ですからきれいな歯を作りたいですので、作りやすい歯ということももちろん考えます。しかしそれだけではなく、噛んだ力ができれば歯軸にのるようにということも考えます。人間はよく出来ていて、噛む力がかかる、噛む力を支える方向に歯の根っこが伸びているんです。この方の場合もできればそういうことを考えますが、あえて2本をまっすぐではなくて、若干横開きというか、ハの字にしています。このように、あえて少し角度をつけるようにした方が、力学的に有利なんです。我々のように古くからインプラントをしているドクターはオフセットという言葉を使っていたのですが、まっすぐ平行よりも、微妙に角度をつけた方がより力学的に有利だということが、科学的に証明されています。それを念頭に置いたインプラントの埋入をしています。

-今先生がおっしゃっているハの字は横方向に開いたハの字ですよね。しかし、それに加えて縦方向にも開きを加えていますよね?

そうですね。前後に微妙にひねるような形にしています。本当に2〜3度の範囲内です。その方がより有利なんです。そこはこだわりたいです。

-その微妙加減が、ただこのレントゲンを見ただけではわからないと思います。加えて、1本1本の歯が、ちょうどいい位置にあると思います。小臼歯の位置も絶妙ですし、大臼歯も1本分となったときに残っています。

-補綴的にも歯を作るにも有利な良い位置というのは、オフセットを考慮して事前に考えるのだと思いますが、実際に手術する時は、ドリルは思った通りに進むんですか?

少し難しいです。

-どういう難しさがあるんですか?

インプラント治療では、骨をバーで削って約3ミリの小さな穴を作り、そこに直径約4ミリの人工歯根を埋入します。その削る骨の硬さが均一ではないんです。硬い部分と柔らかい部分があります。硬い部分に押されて柔らかい部分に逃げていく、ということもあります。そういうことを注意しないといけません。

今はガイドというものがあって、若い先生方にご指導する時は慣れていない場合はガイドを使った方が理想的な埋入ができますということをお話しします。昔はガイドがなかったので、我々のように古くからインプラント治療している医師は、自分の手指として、技術として、職人芸としてやらなければいけないところがありました。

-ガイドには初めから設定してもらえるというメリットがありますが、その反面、欠点はないんですか?

欠点もあります。ガイドはプラスチックで出来ていますので、微妙に歪む時があります。骨の硬さによってもズレる可能性があります。現在はコンピュータでCAD/CAMというものを使ってガイドを作るのですが、ほとんどのガイドがプラスチックです。ですから、手術中に歪んできたりする場合があります。若い先生方にそういうご指導をさせていただく時は、必ず確認をしながら進めるようにお話ししています。やはり昔の職人芸的のような面も必要です。少しズレていると判断できる能力も必要ですし、ズレてきたときに修正できる能力も必要です。それを若い先生方にお伝えするのがなかなか難しいです。

-ズレてきたことを感じることができる人というのは、ガイドなしでやっていたから感じるのではないですか?

ガイドしか使ったことのない方は危険だと思います。技量がある人がガイドを使うからより便利さを感じる、という部分はあると思います。ガイドを使った治療しかしていない方は、ズレたとか、違ってきたということに気付けません。便利なもののメリットとデメリットということですよね。コンピュータの技術でも、我々もびっくりするくらい進歩していきます。CAD/CAMも進歩して、ガイドもコンピュータが一から十まで全部作れるようになってきて、
私たちもびっくりしています。しかしそのような中でも、昔ながらの見る目というのはすごく大事です。

-この方は、埋入したときよりも骨が増えていますが、それはなぜですか?

人間が素晴らしいんです。持っている自然の治癒能力の結果です。インプラント治療は、チタン製の人工物をご自分の顎の骨の中に埋入します。それを支えようとする力が生じて周りに骨が転化していく方の例があるということは、30年前頃から報告されています。人工物が体の中に入っているケースで、こんなに長い間機能していくものは他にそうありません。例えば、整形外科で股関節を入れた方もいらっしゃいますが、5〜10年経ったら変えないといけないなどという話をよく聞きます。

しかし歯科のインプラントというのは、交換することなく、長く使っていくことができます。なかには骨が転化していかない方や、ここまで盛り上がらない方もいらっしゃいますが、人によっては骨が盛り上がってきて、よりインプラントを支えようとしていく方もいらっしゃいます。これは世界的によく報告されていることで、うまくいっている証拠です。我々としても安心しています。この方の体が、インプラントを自分の体の歯として受け入れてくれている証拠です。本当に嬉しい写真です。

-左の方にも3本入っていますが、こちらも微妙な角度をつけて埋入されていますね。

1本手前の歯は残っているご自分の歯なのですが、その歯が斜めになっているんです。歯の根っこが中で尻尾のようにぐっと曲がっています。そういう方の場合、インプラントを埋入するときにぶつからないようにする必要があります。ご自分の歯が悪くなってしまう可能性があるからです。そこを上手に避けながら、より骨が作りやすいような埋入をしています。

右の方にはまっすぐ埋入していますが、左は手前の歯が斜めになっているので、それに合わせてあたらないように、ということですね。

女性ですから、作る歯もできるだけきれいに作りたいです。きれいさを考えると、作る歯の真下にまっすぐ入れた方が技工士さんはきれいな歯が作りやすいです。しかし、そのためにこの方の歯をダメにしてしまう訳にはいきません。技工士さんは少し苦労なさったと思いますが、
より自然に作るために、隣の歯にあたらないような形で角度をつけてインプラントを埋入しています。

-骨も斜めで、手前の歯との距離の関係もある状態で、埋入位置をどこに決めるかは相当難しいのでは?

事前にCT上で十分シミュレーションしています。この時代は、現在のようにコンピュータでCTが見れない時代で、フィルムでCTを見る時代でした。コンピュータで見れるのは素晴らしい時代ですね。骨も歯根も斜めで、しかし力学的に歪ませる訳にはいきません。患者さんの解剖学的条件で許せる範囲で、力学的により有利な位置を探して、インプラントを埋入しています。そのような配慮をしているから、15年何事もなく過ごせています。ただ埋入しているように見えますが、いろいろなことを考えています。

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