【インプラント症例紹介(50代・男性)】即時過重オールオン6・トップダウントリートメント

今回は50代男性の方の症例をご紹介します。

今から15年前(2007年)頃に当院にお見えになった患者さんです。

この方は上下両方とも即時荷重インプラントの治療をされました。当時50歳になったばかりで、上に3本・下に3本歯が残っていらっしゃいました。残っている歯も少し揺れがあり、長くはもたないだろうと、もしかすると55歳より前に、すべて総入れ歯なってしまうかもしれないと感じていました。50代になったばかりですから、働き盛りの方でした。食べ物もお酒もいろんなものを食べたい、人生を楽しんでいらっしゃる世代の方だと思います。しかしとにかく食べにくい・食べられないというご苦労を訴えていらっしゃった患者さんです。入れ歯だから人の前で外れる可能性もありますし、とにかく少しでも早く入れ歯から卒業したいとご希望されていました。そのような方には、即時荷重インプラントというのはすごく良い治療だと思います。

-この方のインプラント治療の際に、何を考えたか、どういう点に注意をしたか、埋入する角度など、先生が配慮されたことを教えてください。まずは、先に治療した上顎のことからお聞きします。臼歯部のインプラントがすごく深くまっすぐに入っていますが、この方はもともとから埋入するための骨は十分にあったということですか?

この方は過去に他所の歯科医院で抜歯していたのですが、抜歯後に残っていたご自分の歯槽骨が、十分にある方でした。顎堤、骨の状態としては条件の良い方でした。そういう方は通常通り、歯軸という歯の立っている軸に合わせてインプラント埋入する方が良いです。よりきれいな形になりますし、技工士さんが歯を作りやすいんです。技工士さんが作りやすいということは、患者さんも使いやすい歯ができやすいということになります。

また、残っていた3本の歯には歯槽膿漏の部位があり、抜歯する必要がありました。抜歯と同時にインプラントを埋入していく計画をたてたのですが、その抜歯した歯槽膿漏の部分は避けて、より条件の良い所にインプラントを埋入するようにしました。私たちは、15年後・20年後・30年後のことを考えて治療したいと考えていますから、より骨の条件の良い所を選んでインプラントを埋入しています。

-こんな奥にまっすぐに、これだけ深さのあるインプラントを埋入するのは、相当難しいのではないですか?

もちろん奥の方は器具のアクセスも悪いです。当院には優秀なスタッフが揃ってくれているので、治療の際にほっぺたや舌が当たらないように上手に持っていてくれます。本当に良いスタッフのおかげで、奥の方でも不自由なく治療ができます。優秀なスタッフを雇ってくださってありがとうございます。

-先生の技量もそうですが、奥の方がスタッフのアシストもかなり大事ということですね。

はい。手術はすべてそうです。手術中にも、私が次に使いたい思っている器具を、私が言う前にスタッフが準備してくれているということがよくあります。整形外科の先生や脳外科の先生方と話しても思いますが、優秀なスタッフに囲まれて手術できることの幸せさというのは、どのドクターも感じるところだと思います。

-チームワークが大事という事ですか?

そうですね。本当に優秀で良いスタッフが集まってくれています。

-この方も、いつもながらまっすぐきれいに埋入されていると感じますが、どこに・どの長さを・どう埋入するかというのは、考えるときの基準などがあるのですか?

作る歯の形は事前に技工士さんと相談するのですが、もし技工士さんが作りやすい形に作ることができるようであれば、是非そのように作ってあげたいと思っています。もちろん患者さんごとに解剖学的な条件が異なりますので、時には技工士さんに苦労をかけたり、知恵を出していただく場合もあります。しかし比較的条件の良い方であれば、技工士さんが作りやすい位置にインプラントを埋入するようにしたいと考えています。技工士さんと事前に計画して打ち合わせをして、患者さんにとってきれいな歯ができる位置を考えてインプラントを埋入するようにしています。

-仕上がりの形から逆算したところに埋入するという事ですね。しかし、仕上がりから逆算した結果「このインプラントはこの位置で大丈夫かな?」と思うようなものも見かけます。そのような兼ね合いはどのように考えているのですか?

やはり一番大事なのは力学的なことです。インプラントは、人工的に歯科医と技工士さんが作り上げる人工物です。例えば橋桁でも、明石大橋のような大きくて長い橋は力学的なことをより考慮して作りますよね。インプラントの場合は、お口の中ですから巨大な構造物は作れません。しかし長持ちするためには、患者さんのお口の中の範囲が許すサイズで、強固に作る必要があります。橋の場合で考えても、橋桁や土台は力学的に有利な位置にある方が当然強固になります。インプラントでも、そういうことを十分に考える必要があると思います。また、インプラントを埋入する理想の位置について科学的に述べている論文もあります。そのような科学的背景に合わせて埋入位置を考えます。

-インプラントの上に作る歯を先に考えて、そこから逆算してインプラントを埋入するという手法をトップダウントリートメントと言いますね。先生がしていることはただのトップダウントリートメントだけではないように思うのですが?

この患者さんの場合は、比較的条件が良かったのでトップダウントリートメントを念頭に置いて治療をしています。しかし患者さんによっては、トップダウントリートメントをするためには大規模な骨移植が必要な方もいらっしゃいます。例えば、ご高齢の方でなるべく手術を小さくしたい方や、若い方でもそのような大きな手術は怖いと感じる方もいらっしゃいます。そこは十分に患者さんのご希望に合わせたいと思っています。「トップダウントリートメントが最優先、絶対にそれありき」というのは、私は違うのではないかと思います。

この方は比較的条件が良い方で、男性で、しっかり何でも食べていきたいというのが第一条件でした。しかも入れ歯でお困りでしたので、外れない・外す必要のないものにしたいというご希望でしたので、治療後にはすごく喜んでいただいたのは覚えています。

-上顎には7本インプラントが埋入されています。いつもながら、4本ではなく多めに埋入されていますね。

4本は、支えられる最低限の本数だと思います。例えばこの方は50代の男性ですが、今は人生100年時代ですからこの先50年人生があるかもしれません。そういう方に治療するときには、少しでも長くインプラントを使っていただくことを考えます。

インプラント治療の歴史は、日本ではまだ30年ほどしかありません。1983年に、日本のインプラントの父と言われる小宮山先生という方が治療を始められました。その第一人者の先生でさえ、40年弱の歴史しかないわけです。ですから「一生持ちます」などと患者さんに言うことは、科学が証明していないので私はしません。当院には、他の病院でインプラント治療を失敗されて、何年かでダメになってお見えになる方が多いです。そういう方を見ていると、「自分は10年後・15年後・20年後を見据えてインプラント治療して良かった」と思うんです。

この患者さんも、今は入れ歯ですから噛めませんが、これからどんどん噛めるようになって高い咬合力・噛む力が発揮されていきます。人間噛むことができると筋肉がついて、力が増していきます。毎日食べますので、つまり毎日トレーニングしているのと同じなんです。ですから今の噛む力を想定するよりも、将来強くなる可能性があると思ってインプラント埋入する方が、その方のためになると思います。そこは私はこだわりです。私がラクをするために、必要最低限である4本のインプラント埋入で済ませる形にはしたくありません。もちろん、たった4本で済めば私もラクです。歯を作る院長もラクだと思います。しかし、それは本当にその患者さんのためになるかはわかりません。20年後・30年後に治療が必要になるかもしれないですから。

-続いて下顎の埋入について伺います。こちらも即時荷重でしたね。奥の方にも、長いインプラントがまっすぐきれいに埋入されています。

この方は残っている顎堤の幅があり、条件の良い方でした。インプラントというのは、直径4ミリの人口の歯根をご自分の顎の骨の中に埋入しますので、埋入する骨にある程度の幅が必要です。この方は幅も量もあるような、顎堤の条件の良い方でした。技工士さんが作りやすい歯をつくることを大前提にした埋入をしています。

-これだけ条件が良くて深く埋入できる方でも、やはり先生は4本ではなく、6本埋入されていますね。

日本人は、4本のインプラント埋入だと12本程度しか歯を並べられない方が多いです。オールオン4という治療がありますが、これはもともと西洋人が考えたものです。スウェーデンに留学されていた小宮山先生もよくおっしゃいますが、西洋人はお口の中のアーチが深いんです。アルファベットのUの字に近いようなイメージです。顎の付け根から顎先までが長く、長いUの字のような馬蹄形をしています。一方で、日本人をはじめとする黄色人種はその馬蹄形が比較的緩やかで、広がったUの字型をしています。そのような都合で、インプラントを4本並べても奥まで歯が並ばない方がいらっしゃいます。この方もそういう方でした。きちんと奥まで歯が欲しいというご希望でしたが、4本のインプラントでは12本ぐらいの歯しか並べることができません。人間はもともと全部で28本、下の顎には14本の歯があります。14本の歯を作るためにも、4本ではなく6本のインプラントを埋入しました。

-左の下のインプラントが若干短くなっているのはなぜですか?

解剖学的な都合でこのようにしています。ここは下にオトガイ神経という神経が通っていますが、右に比べると左側は少し浅い位置に通っています。そこには血管も通っていますので、その部分を避けてインプラント埋入しています。事前にそういうことを診断するのはすごく大事です。その場所の骨の条件や解剖学的な位置というのは、必ず把握する必要があると思います。

この方は治療後15年経っていますが、今でもしっかり噛んでいらっしゃいます。本当に喜んでいただいています。

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